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琵琶湖一周ドライブ 

先日、『三成死すべし』の第2巻が手から離れたので、気分一新とばかりに琵琶湖を一周するドライブに出かけました。
先月の講座の金ヶ崎退き口の影響です。

職業病というのか温泉や疲れをいやすのが目的の旅行が、歴史関係の場所や博物館などがいつのまにかどっかりと旅の中心にあぐらをかいていることになる、がいつもの癖になっています。
そこで今回のドライブは一日歴史関係なしで、ドライブを楽しむだけに特化したものを計画。

あいにくの天気でしたが、朝8時半頃に鈴鹿峠を越えて滋賀県入りし、国道1号を草津に向かって走ります。
今回の琵琶湖一周は、時計回りで行くことにしました。
戦国時代、近江・琵琶湖といえばどうしても湖東側がメインになり、どうしても湖西側は重点が低くなってしまいます。気力体力が十分な午前中に湖西をめぐろうと思ったのです(汗)。

草津から大津まで国道1号を進み、湖西湖岸を161号で北上します。
大津市の北小松周辺まではなだらかな道だったのですが、北小松と高島市の間は、琵琶湖とせり出した山に挟まれた狭隘地を道が走ります。
ここは正直、盲点でした。
湖東が平野部ばかりなのでついつい湖西も似たようなものと考えていたのですが、ここで湖西は南北に分断されています。
信長が金ヶ崎の退き口で朽木谷を選んだのも、浅井氏が寝返った場合、簡単に湖岸の交通を封鎖されると考えたからかも知れません。

高島市はなだらかな地形ですが、ここから湖東の長浜市までの湖北は完全に山です。
湖岸を走る道もありますが、ドライブを楽しむ道ではなかったので半分走ったところで諦めました。ただ竹生島だけは見ておきました。トンネルを抜けて長浜市に入ります。

長浜市からまっ平らな湖岸道路を右手に琵琶湖を眺めながら一路、南下していきます。途中、山本山城跡の山を遠くから眺めます。
予定では、このまま長浜から八幡山市、草津、大津までこの湖岸道路で南下し、勢多で国道1号にのって鈴鹿峠を目指すはずだったのですが、トイレ休憩がてらに安土城跡を見に行くか、との気分に。この時点ではあくまで大手口周辺を見るだけでした。
4時過ぎぐらいだったのですが、ちょうど雨も止んでいたことからついつい足が・・・。
以前来た時は、カメラもデジカメも持たずだったので、今回はリベンジとばかりにバシャバシャ撮りながら登ってしまいました。


翌日、運動不足の体が筋肉痛に苛まれたのは言わずもがなの話です(笑)。
安土城跡の写真は改めて記事にしたいと思います。

今度の機会には、敦賀から朽木谷を抜けて京都に進む、実際の金ヶ崎の退き口を走ってみたいと思います。
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テーマ: 物書きのひとりごと
ジャンル: 小説・文学

2010.07.14 Wed 03:51
カテゴリ: 雑記
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