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「信長公記を読み解く」第10回 

先日、桐野作人氏の講座に行って来ました。
本日から一時間休みをおいて、「戦国の手紙を読み解く」の連続講座となります。

今回の講座では、永禄十二年のルイス・フロイスと山科言継の岐阜訪問についてでした。
とはいえ、信長公記にはこの二人の訪問についての話はなく、フロイスについてはフロイスの日本史、言継については言継の言継卿記が中心となる、信長公記なしの回でした(笑)。

私的に言継卿記で気になったのは扇です。言継が京都から岐阜に向かう路次、あるいは岐阜で扇がたくさんでてきます。
言継の岐阜訪問(実際は三河の徳川家康に資金援助を頼みに行く)は、
八日に京都を出発し、近江坂本に到着、暮れに船に乗ります。船中一泊。
翌九日、北近江の朝妻に到着し、そこから醒ヶ井、柏原、さらに美濃垂井まで馬で移動。垂井に一泊。
十日、垂井を出発し、岐阜に到着します。
以上の通りですが、
坂本では、「坂本之宿坂井之布屋に着、晩飡(注:ばんさん)申付、亭主扇二本遣之、則舟之事申付、
朝妻では、「宿北村萬介、扇二本遣之、中食申付了、則馬三疋申付、
垂井では、「戌刻垂井之木村甚介所に宿了、扇二本遣之、晩飡申付了、
岐阜では、「巳下刻岐阜之麓里塩屋傳内宿に付了、宮笥扇一本、代十疋遣之、此所に逗留了
さらに、岐阜で信長やその家臣達にも扇を渡しています。
信長には、「予宮笥樽代五十疋、扇五本(金一、同小扇一、泥繪ニ、砂?一)遣之、
武井夕庵と木下秀吉には、「次夕庵に扇三本(金一、泥繪ニ)、樽代(二十疋)遣之、木下藤吉に同扇三本遣之、
ちなみに夕庵は、言継の訪問を信長に取り次ぎ、面会の準備をしました。他にも島田、坂井文介、飯田、塙九郎左衛門、織田三郎五郎、飯尾毛介、菅屋長、大津傳十郎などにも扇をプレゼントしています。

気になるのは、坂本・朝妻・垂井では扇二本を渡しながら、岐阜では代として十疋(百文)を渡し、宮笥(土産)に扇一本を渡していることです。岐阜では逗留・数日の宿ということで銭が必要だったんでしょうか。にしても扇は代金として通用するのか、あるいはプレゼントなのか。プレゼントとすると馴染みの宿なのか。色々と気になります。

言継と信長の面会は、麓の屋敷で行われました。
信長が言継の年齢(父信秀と同世代)の老足を慮ってです。面会では、家康が駿河遠江国境に出張っていること、酷暑や老足であるから、言継の下向の代わりに信長が飛脚を申し出てます。また夕庵から内々に、家康の交渉が不調に終わった場合、信長が一・二万疋(100貫・200貫)を進上するとの話も聞きます。

なかなか人情味のある信長です。

次回はついに元亀争乱のプロローグです。
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テーマ: 物書きのひとりごと
ジャンル: 小説・文学

2010.04.25 Sun 23:54
カテゴリ: 講座・講演
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