10/ 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30./12

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- --:--
カテゴリ: スポンサー広告
comment -- | trackback -- | 記事編集

PAGE TOP

第2回「織田信長文書」を読み解く 

桶狭間の話題以外は、どうしても信長の尾張時代は地味になってしまいます。

今回はその中では有名な上総守です。
信長は上総守と名乗ったのですが、上総(現在の千葉県)は親王任国と呼ばれる特殊な国で、守はありません。
各国の官の順位は、守・介・掾・判で親王が守となる以上、下の者が同じ地位につくことは憚れるということで守はなく、介が一番えらい地位になります。ちなみにこのような親王任国は上総のほかに常陸と上野があります。

親王任国の始まりは、淳和天皇という子沢山の天皇からです。
子が大きくなれば、食い扶持が必要になります。朝廷の官につけて食い扶持を与えるのが基本ですが、それでは足らず仕方なく淳和天皇一代に限り三ヶ国を親王の食い扶持に充てることになったのです。
ところがこの制度は百五十年続き、結果、三ヶ国の守は名乗られることがなくなったわけです。

子沢山が信長の小さなミスを生んだわけです(笑)。
スポンサーサイト
2016.09.06 Tue 01:03
カテゴリ: 講座・講演
comment(0) | trackback(0) | 記事編集

PAGE TOP

« 『岩村城』汗とスポーツ飲料 

最近のこと その1 »

コメント

PAGE TOP

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

PAGE TOP

トラックバック

トラックバックURL
→http://isekoku.blog79.fc2.com/tb.php/256-ef553501
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

PAGE TOP

 | h o m e | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。