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第14回『天正記』を読む 

今回の講座は聚楽第行幸の1回目です。

天皇・公家などの朝廷関連の話はなじみがなく、新鮮味があってとても面白いです。
まあ派手さが全然ありませんが(汗)。

今回の私のポイントは、メインの聚楽第行幸云々ではなく、武家官位でのある人物についてです。
豊臣秀吉は関白となり、朝廷の官位を武家秩序に用います。
この聚楽第行幸では、織田信雄が内大臣、徳川家康が大納言、弟秀長が大納言、甥秀次が中納言、宇喜多秀家が宰相(参議)として参加しています。
前田利家が少将、ほかの旧織田家武将の大名が侍従、秀吉配下の諸将が従五位下(○○守や○○少輔など)になっています。
その中でひとり、場違い感のある人物が侍従になっています。
それが井伊直政です。
ほかの徳川家臣が聚楽第行幸記の供奉の人名に出てこない中、井伊直政だけが侍従と官位で肩を並べています。
井伊直政と徳川家康との個人的紐帯ゆえと言えばその一言で終わってしまいそうですが、すっきりしません。
のちの関東転封でも井伊直政は家臣団トップの所領を得ます。
井伊直政が有能でさらに個人的紐帯があるからとはいえ、そこまで肩入れするのか、との疑問があります。

まあ案外、人間のすることなので単純明快な話なのかもしれませんが(笑)。
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2016.03.02 Wed 21:52
カテゴリ: 講座・講演
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