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第8回『天正記』を読む 

さて今回の講座は、メインイベントである賤ヶ岳の戦いです。

賤ヶ岳の戦いといえば、佐久間盛政の中入り策や羽柴秀吉の大返し、柴田勝家の滅亡、お市と三姉妹が連想されます。
この中で秀吉の大返しのイメージはどのようなものでしょうか?
美濃大垣から江北賤ヶ岳までの街道では、沿道の村々で炊き出しがだされ、それを羽柴軍の将兵が食らいながら駆け抜けていく。そんなイメージだと思います。私もそうでした。
しかし、実際はそうではなかったようで(汗)。

柴田合戦記には、
三十六町の路十三里、二時半時に懸け着く事、古今稀有の働きなり。これに依つて、相従ひて粮を運ぶものなし、人馬の飢疲を察し、道終(みちすがら)、村々里々に飛脚を以て、触れ遣はす。秀吉今夜の曙一戦に及ぶべきの条、家一間より八木(米)一升づつ炊いで、かれいひ(干飯)となし、木ノ本に持ち来たるべし
とあります。
羽柴軍は、申の刻(午後四時)に大垣を出発し、戌の刻(午後八時)に木ノ本に到着しています。
この沿道で炊き出しした飯を食べたのではなく、到着地である木ノ本に持ってこさせて食べていたのです。大返しのイメージと事実は全然ちがっていたようです。
確かに、将兵が駆けながら飯を食べる風景と、到着地で腰を落ち着かせて食べている風景ではどちらが絵になる風景であるかは言うまでもありません。
恐らく大返しのインパクトでその途中経過がさらに絵的になる話に誇張されたのでしょう。
事実と思ってしまっていることが単なるイメージだった。その一例ですね。
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2015.09.01 Tue 00:02
カテゴリ: 講座・講演
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