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第1回『天正記』を読む 

さて、信長記シリーズが終わって今回から天正記が始まります。

天正記とは、豊臣秀吉の御伽衆・大村由己が著した秀吉の伝記です。
播磨別所記・惟任謀反記・柴田合戦記・紀州御発向記・関白任官記・四国御発向並北国御動座記・聚楽行幸記
小田原御陣・金賦之記・大政所御煩平癒記・若君御誕生記・西国征伐記
以上全12巻が伝わり、現存しているのは小田原御陣までの8巻。残り4巻は題名のみです。

合戦や政治関連が中心ですが、秀吉個人の話である若君(秀頼?)と大政所(母親)の話があるのも興味深いです。但し、中身が分からないのが残念ですが。金賦之記は内容がさっぱり。
この天正記を読みたいと思われたら、戦国史料集の『太閤史料集』にありますので図書館で探すと良いと思います。

初回は播磨別所攻めについてでした。
去年の大河ドラマ『軍師官兵衛』を見ていた方なら記憶にあるのではないでしょうか。
今回の講座でちょっと意外だったのが、別所氏の動きです。
といっても寝返り後の話ではなく、前の話です。
別所氏は天正五年(1577)正月に上洛して信長に臣従します。
別所氏の話はあくまで播磨の話、秀吉の播磨入り後の話と思っていました。意外や意外、別所氏は積極的でした。
その年二月、信長の雑賀攻めに別所氏の名前があります。
「・・・山方へは根来杉の坊・三緘案内者として、佐久間右衛門・羽柴筑前・荒木摂津守・別所小三郎・別所孫右衛門・堀久太郎、雑賀の内へ乱入し、端々焼払ふ。」
別所小三郎は当主の別所長治、孫右衛門は叔父重棟。
織田家の重臣達と並んでの参陣とは驚きでした。信長の威令の前に臣従した形とばかりと思っていたのですが(だからこその後の裏切り)、当主自らが参陣していたとは。

これほど積極的に織田家の信用を得ようとしていたのに、どうして裏切りとなったのか・・・
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2015.02.06 Fri 02:53
カテゴリ: 講座・講演
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