05/ 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30./07

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- --:--
カテゴリ: スポンサー広告
comment -- | trackback -- | 記事編集

PAGE TOP

第64回『信長公記』を読み解く 

さて、今回の講座は本能寺の変そのものというよりは、変の真相についてです。
現代でも喧々諤々の話題ですが、変後から江戸時代においてはどうであったか?

とはいえ、玉石混交の軍記物では判断するのも難しいところがあります。
丹波攻めでの母親人質の話、出雲転封の話などはアレですが、家康饗応での叱責、家臣引き抜きの話、武田氏攻めでの話など信長・光秀の関係悪化を示すものもあります。

光秀が存念を詳しく書いて残しておいてくれたら、400年以上もあーだこーだせずに済んだのにと思わずにいられませんが、一方で謎であるだけに本能寺の変がこれだけ人の興味を引く出来事になっているのだとも思います。

また、豊臣秀吉の天正記がこの講座の後続になりそうです。
さしずめ講座名は 『天正記』を読み解く になると思います。
この話の中でびっくりしたのが、信長文書と秀吉文書の数の差です。
信長文書がざっと2000通に対し、さすがに天下一統を成し遂げ全国の政権運営をした秀吉文書は、なんと1万通。さらに添え状なども考えるとさらに・・・。
スポンサーサイト
2014.10.28 Tue 00:48
カテゴリ: 講座・講演
comment(0) | trackback(0) | 記事編集

PAGE TOP

« 第5回松平シンポジウム『三河一国平均に治む』

電子書籍リーダー »

コメント

PAGE TOP

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

PAGE TOP

トラックバック

トラックバックURL
→http://isekoku.blog79.fc2.com/tb.php/228-ee1d9d0f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

PAGE TOP

 | h o m e | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。