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第51回『信長公記』を読み解く 

今回は、明智光秀の家中軍法についてです。

本能寺の変の一年前に書かれたものです。
最初に軍法、いわゆる戦場における規則が書かれています。声をみだりに出すな、抜け駆け禁止などです。
次に軍役です。
百石から百五十石までは兜1馬1指物1槍1、千石では兜5馬5指物10槍10幟2鉄炮5となります。ちなみに鉄炮が軍役に含まれるようになるのは三百石から四百石の間です。
そして最後に、卑賤の身から引きたてられたのだから粉骨砕身しなければならない、と宣言して締めています。

一年前とは知っていましたが、今回、本当に一年前と知りました。
この軍法の日付が、なんと天正九年六月二日。まさしく一年前。
歴史の皮肉としか言いようがありません。

またこの年末に家中法度を光秀はだしています。
これは光秀の所領が丹波と近江坂本にあり、その往還は京都とその付近を通るしかありません。その際の注意事項です。
京都ともなれば、織田家の重臣達やその家臣達との接触は不可避であり、諍いがおこりかねません。光秀はその危険の芽を摘むために色々と規則をもうけています。
京都内外での遊興見物の禁止、往還の道の設定、さらに口論になったら理由や内容に問わず処分するとの罰則などです。

この家中法度から織田家内部を想像するのも面白そうです。
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テーマ: 物書きのひとりごと
ジャンル: 小説・文学

2013.10.02 Wed 23:09
カテゴリ: 講座・講演
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