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第33回『信長公記』を読み解く 

あっぷあっぷの日々も、どうにか息継ぎができた今日この頃です。

先日の講座では、気になっていたことの解答を頂けた気分です。
講座の題目は右大臣任官と秀吉の中国出陣ですが、話は信忠についてです。

なぜ信忠には正室がいなかったのか?
このことが以前から気になっていました。
信忠は武田信玄の娘松姫と婚約していましたが、信玄との手切れでご破算。その後、信忠は正室を迎えずじまいに本能寺の変を迎えます。
信忠って松姫を想っていたのか、とロマンティックに考えた時もありました(遠い目)。

なぜ信忠は正室を迎えなかったのか?
これは迎えなかったのではなく『迎えられなかった』のではないか、それが講座での話でした。
朝廷は信長に高い官位を与えますが、一方で信長は信忠を引き立ててくれるように朝廷に求めます。信長一代ではなく、織田家としての家格を高めようとするわけです。
そこで問題となるのが信忠の正室に求められる家格。
信長が任官した右大臣は三公(太政大臣・右大臣・左大臣*内大臣)と、公家社会の序列では最高の家格の一員になっています。となれば摂関家(近衛・一条・二条・九条・鷹司)ですが、幸か不幸か信忠に合う年頃の娘が摂関家にはまったくいなかった。
あるとしたら、某大河ドラマの主人公みたいに摂関家の養女として、ではないかとのこと。

なんというか、政略結婚も楽じゃないな、としみじみと感じる話でした。
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テーマ: 物書きのひとりごと
ジャンル: 小説・文学

2012.03.29 Thu 21:43
カテゴリ: 講座・講演
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