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第31回『信長公記』を読み解く 

桐野作人氏の講座に行ってきました。
この講座も6シリーズ目に入りました。信長公記も天正五年に入り、あと5年となりました。

今回は信長の雑賀攻めについてです。
一番驚いたことは、雑賀五搦の地域における宗教分布です。
雑賀衆と雑賀一向一揆のちがいや根来寺との関係は知っていましたが、じゃあ、実際のところ雑賀五搦での宗教はどのような状況だったのか、はさっぱり知りませんでした。
武内善信氏の『雑賀一揆と雑賀一向一揆』によれば、
五搦における各宗派の寺院の数は、
浄土真宗130、浄土宗鎮西派60、浄土宗西山派59、真言宗57、というものです。
五搦の地域でも賀荘と十ヵ郷には浄土真宗の寺院が多いなどというちがいがあります。
浄土真宗が最大宗派とはいえ、残り三派を合わせれば浄土真宗を圧倒します。このことが、雑賀内部の路線対立を生んだのかと納得です。

まあ正直、鎮西派や西山派と言われても一向宗だけでおなか一杯な感はあります(汗)。
今度、戦国時代の各宗派について『軽く』勉強したいと思います。重くは頭が痛いです(笑)。

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テーマ: 物書きのひとりごと
ジャンル: 小説・文学

2012.01.29 Sun 23:17
カテゴリ: 講座・講演
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