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織豊期研究会2017年9月 

先月、織豊期研究会に行ってきました。
題材は『大坂夏の陣における落武者狩り、乱妨取りについての再検討』です。発表者は長屋隆幸氏。

合戦屏風図で有名な、大坂城から逃げ出す豊臣方の女性や雑兵を幕府軍の兵が追いかけるシーンです。
大坂城の戦いとなると、合戦前の豊臣・幕府の交渉・決裂、冬と夏の両陣がメインで合戦後の話はさっぱりでした。略奪乱妨の話もせいぜい寺社・村が安全のためにもらう禁制があるってぐらいです。寺社・村と大名権力の関係でとらえていたのですが、よくよく考えるとこれは「軍法の運用」「軍の統制」の話なのですよね。こう考えると興味範囲になります(笑)。

幕府と諸大名の関係は幕府の厳しい統制下にあったと思っていたのですが、意外と戦場での「軍法の運用」に関しては諸大名の自律だったようで、幕府は何度も諸大名に禁止事項を通達していたり、そもそも幕府と諸大名の間で禁止事項の範囲に意識のギャップがあったりと、色々と面白かったです。諸大名は略奪ありき、幕府は禁止したい、とかです。
略奪とは関係ありませんが、真田丸の戦いは抜け駆けでの戦いでありながら家老を呼び出しての口頭注意で済んでいます。
軍功を求めての行為だから許されたのか、反発を恐れて厳しい対応が取れなかったのか、あるいはほかの理由があるのか、ちょっと気になります。
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2017.10.06 Fri 01:58
カテゴリ: 講座・講演
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