11/ 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31./01

小牧・長久手の戦いと尾張東部 

年末の諸々でなんだかんだと忙しく、寒さだけでなく締切に震える今日この頃です。

さて、12月の頭に愛知県春日井市にて開催された表題のシンポジウムに行ってきました。
『「天下分け目の戦い」としての小牧・長久手合戦』 藤田達生
『小牧・長久手の戦いと尾張・美濃・伊勢』 播磨良紀
『小牧・長久手の戦いと春日井地域』 水野智之

藤田氏の内容は、本能寺の変後から小牧・長久手の戦いに至る流れを中心に、大坂城築城(遷都計画)に注目したものでした。秀吉が織田家からの離脱・織田体制(清州会議以後の織田政権)からの独立の始まりを、大坂城築城に見るという視点は興味深かったです。

次の播磨氏の内容は、小牧・長久手の戦いが東海三県を舞台に行われたことを説明したものでした。この中で興味
深かったのは印判についてです。信長の「天下布武」は有名ですし、信雄の「威加海内」も知っていましたが、信孝も「弌剣平天下」という印判を使っていたとは……。信雄も信孝も天下布武に代わる印判を使って信長後継者をアピールしていたんですね。そういえば秀吉は?

さて最後の水野氏は、小牧・長久手の戦いと会場の春日井に関連する地名をピックアップし、何があったかについてでした。とはいえ春日井は、まさに小牧と長久手の間、いわば通り道でこんな戦いがありました!という話ではなかったのですが、なかなか興味深いものでした。
羽柴方と織田・徳川連合軍が対峙する中、秀吉はこの地域に一揆を起こそうとしたのですが、長久手の戦いに敗北すると逆に羽柴方に襲いかかってきたらしいのです。たくましい一揆です。



スポンサーサイト

テーマ: 物書きのひとりごと
ジャンル: 小説・文学

2012.12.19 Wed 00:25
カテゴリ: 講座・講演
comment(4) | trackback(0) | 記事編集

PAGE TOP

 | h o m e |  n e x t »