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第26回『信長公記』を読み解く 

桐野作人氏の講座に行ってきました。
今回は、前回・前々回の長篠合戦の残りと、有名な信長の道路整備などです。
また、島津家久の上京日記も詳しく解説して頂きました。

島津家久はご存知の通り島津四兄弟の末弟です。
天正三年に家久は、島津氏の薩摩大隈の平定のお礼参りとして上方に赴きます。この時、各地の神社仏閣を訪れていますが、明智光秀と会っていたのです。
家久の上京日記は、名前ぐらいしか知りませんでしたし、内容は物見有山程度の話しかないと思っていたのですが、今回の講座で物見有山の話の中にも面白い話が入ってるのだと気付きました。

家久は、京都で連歌師の里村紹巴に世話になっています。
滋賀方面(坂本)に家久と紹巴が訪れた時、光秀の家人の出迎えがあり、光秀との湖上の船での交遊が書いてあります。
これは、紹巴を介しての宴席なのでしょうが、なかなか興味深いシーンではあります。
光秀は家久から九州の情勢を聞いたでしょうし、家久も光秀から信長の台頭振りを聞いたと思います。
光秀と言えば、四国の長宗我部氏との関係が有名ですが、あるいはここで島津氏との取次とはいかないまでも、伝手ができたのではないかと思うと、IFの話の種になります(笑)。

家久君上京日記』は、島津家の記録をまとめた『旧記雑録 後編一』にあります。

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テーマ: 物書きのひとりごと
ジャンル: 小説・文学

2011.08.31 Wed 19:35
カテゴリ: 講座・講演
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