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『岩村城』汗とスポーツ飲料  

9月上旬に東濃の岩村城に行ってきました。暑かった(大汗)。

青春18切符があったので電車です。
名古屋から中央線に乗ってゆっくりと進みます。恵那で降りて、明智鉄道に乗り換えます。
もう少し早く出て、ゆっくりと観光でもしようかなと思っていたのですが、朝まったりしてしまい、昼に恵那着となりました。
そのおかげで明智鉄道がやっている特別食堂車と一緒に乗れました。

岩村駅で降りると、そこから岩村城の登山口である博物館を目指します。
わびさびの城下町の商店街の中を通っていきます。少しきつめのなだらかな坂道になっています。
博物館の脇の登山口からが本番です。
藤坂と呼ばれる石畳の坂道が頂上付近の主郭まで続いています。
まだまだ暑い日だったこともあり、久しぶりの『登山』もあって、汗だくの汗だくでした。岩村城に行かれる際には絶対飲料を確保してから行くべきです。持ってて良かったスポーツ飲料(安心)。
藤坂を登り切ってからは、もう大丈夫で立派な石垣が迎えてくれます。
本丸からの風景は見事でした。
ですが、こんなところに城を築いて意味あるのか?という疑問が(汗)。
確かに堅城なのだと思いますが、ちょっと山過ぎないかなと。
このあたりの交通路を調べてみたいと思いました。恐らく東西というよりは南北の交通が重要なところなのか?
ちなみに岩村駅から博物館までが20分、博物館から藤坂踏破までが20分、頂上の本丸までが10分といった感じです。

本丸の直下に駐車場があって、乗用車ならばここまで来れます。
しかし!
藤坂を登ってこその岩村城です。車で行かれる方は博物館で停めて、登山がんばりましょう(笑)。
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2016.09.20 Tue 23:22
カテゴリ: 城・古戦場
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This is the 山城! 『苗木城』 

さて、紹介が遅れましたが、以前の記事でべた惚れした山城を紹介したいと思います。
それは、

苗木城です。
岐阜県中津川市にあります。木曽川北岸の岩山に屹立しています。
石垣と岩山頂上からの眺望は見事の一言です。
JR中津川駅からバスで行くのが良いかと思います。登山口(登山というよりハイキング)の近くには博物館もあり、ここでパンフレットを買って行くと、山城見物も分かりやすいと思います。
563s.jpg
西から東を、本丸方向を見た光景です。正面高いところが本丸になり、アスレチックジムみたいな枠組みが本丸の展望台です。
561s.jpg
大矢倉と呼ばれる、なかなか立派な石垣です。でかい城の一角にあっても不思議ではない規模です。正直、これぐらいの山城にはもったいないぐらいです(汗)。
580s.jpg
本丸展望台から東を、木曽川を眺めた光景です。正面奥が長野県方向になります。
577s.jpg
こちらは本丸展望台から南を、中津川市街を眺めた光景です。見えませんが、手前に木曽川が流れています。中津川の戦いの舞台は、中央やや右あたりです。
それがこれ。
571s.jpg
中央やや左に赤い橋があると思います。このあたりに奥から手前に中津川が流れています。
547s.jpg
これが中津川です。

東濃の山城といえば岩村城(未攻略)ですが、苗木城は一見の価値ありです。

テーマ: 物書きのひとりごと
ジャンル: 小説・文学

2012.07.07 Sat 22:45
カテゴリ: 城・古戦場
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北陸遠征・三日目 

さて最終日は富山です。
とはいえ、普通列車での帰宅を考えると、そうそう長居はできません(帰路の風景を明るいうちに見るため)。
そこで色々と考えた結果、富山市郷土博物館を見学し、県立図書館に行き、富山駅に取って返しすことにします。

郷土博物館は市内中心部にある富山城址にあり、朝一で向かいます。
小さいながらも富山市(富山城)の歴史をうまくまとめてあって見学しがいがありました。
ここでは、『秀吉 越中出陣』の図録などを買いました。
以前、安土城考古博物館に行った折、展示のポスターを見て興味がわいたのですが、いかんせん富山とあって、諦めていたものです。
次はバスで市西部にある県立図書館に向かいます。
富山史壇』が目当てです。
地方史の研究雑誌のひとつですが、三重近辺の図書館では見れず、かといって目次も分からずでは取り寄せを頼むわけにもいかず、と悩んでいたところです。
幸いにも、最近までの目次を記載した本が出版されていることを知り、その本と睨み合い、巻数と目次を書き出し、司書さんに書庫から出してもらいます。
次に、内容を読み、今手に入れたいと思う内容をコピーしてもらいます(富山の図書館では司書さんがコピーしてくれたので楽でしたが、少し落ち着かない気分(笑)。
富山史壇のほかにもいくつか目星をつけていた史料をコピーし、市内中心部に戻るバスに乗り込みます。

その後は、土産をいくつか買い、富山駅から高山本線をゆっくりと帰ります。
高山本線は、富山→猪谷(富山・岐阜県境の富山側)→美濃太田→岐阜へと続くざっと5時間の旅です。そこから名古屋経由で三重に帰ります。
高山本線は、高山に旅行した時に乗りましたが、むかーしのことで記憶になく、実質初めての旅になります。
なにか「凄い!」という風景があるわけでもないのですが、日本の風景をぼけーと車窓から見る旅ってなんか良いんですよねえ。ただ学生さんの元気良さには参りました。少し分けて欲しい(汗)。
以前に乗った飯田線も天竜峡など良かったですが、高山本線同様、どこにでもある光景でも初めて見る新鮮さが味わい深いものにしてくれます。

色々と楽しい旅でしたが、どうしても計画を消化するって感じになってしまったので、今度はどこか1箇所に数日滞在してまったりできるものにしようと思っています。
その時は、資料収集など仕事に関係ない場所にできればと思いますが、無理でしょうねえ(汗)。

テーマ: 物書きのひとりごと
ジャンル: 小説・文学

2011.09.25 Sun 21:38
カテゴリ: 城・古戦場
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北陸遠征・二日目 

さて、北陸遠征二日目は金沢です。
宿泊先から再び北陸本線を北上し、金沢を目指します。
当初、二日目は北陸本線を一気に進み、富山・新潟の県境の親不知を見ようと考えていましたが、そうするとそれだけで一日が潰れることが分かり、今回は断念して金沢巡りとなります。

金沢には昔一度来たことがあるのですが、兼六園などの記憶が微かに残る程度です。
さて、徒歩かバスかで巡ろうかなと思っていたのですが、レンタサイクルがあることを知り、自転車を借りて金沢市内を巡ることにします。一乗谷でも自転車で助かりましたが、今回も暑い日差しの中でも自転車だとなんとかなりました。
しかし、この初日と二日目の自転車でずいぶん日焼けしました。それまでは部屋に籠っていて色白だったんですけどね(笑)。

目指すは尾山神社。
いやまあ、尾山晴紀を名乗る以上は一度は行ってみたかったのです(笑)。
神社は利家とまつを祭ってあります。
神社の由来など読んで、お参りしてふと気付いたのがおみくじ。日本初の男女別のおみくじだそうです。
このおみくじ、大吉で良かったのですが、安物買いに気を付けろ、とのこと。
これが直後に当たります。デジカメの電池が切れ、こういうこともあろうかと準備していた電池を入れましたが、購入後しばらく経っていたためか反応なし。この電池が安物買いだったのです。炎天下で苦笑するしかありませんでした(汗)。

尾山神社のあとは、金沢城公園や兼六園には目もくれず、県立歴史博物館を目指します。
県立図書館にも行きたかったのですが、残念ながらお休み。
博物館では、時代時代の郷土の人物をピックアップしてあるなど、なかなか良かったです。博物館の展示では、歴史の事象を追うあまり人物が見えないことがありますから。
次に、博物館隣の藩老本多蔵品館に行きます。
ここは観光案内所で知ったのですが、前田家の家老となった本多氏(政重)の収蔵品を展示しているところです。ちょうど特別展『徳川の世と本多政重の奔走』をやっており、少し運命を感じます(笑)。
館長さんと接する機会があり、様々なお話を聞くことができました。

このあとは武家屋敷の町並みを見ながら金沢駅に戻ります。金沢駅から最終日の富山に向かいます。

テーマ: 物書きのひとりごと
ジャンル: 小説・文学

2011.09.19 Mon 22:21
カテゴリ: 城・古戦場
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北陸遠征・初日 

先日の記事から時間が経ってしまいましたが、北陸遠征の旅日記です。
ちなみに青春18切符の旅行です。
出不精なので、先に切符を買わないと出かける気にならないのです(汗)。

初日の目標は、福井県の一乗谷朝倉氏遺跡です。
朝早くに三重を出て、滋賀県琵琶湖の西を湖西線で北上します。敦賀で北陸本線、福井で越美北線に乗り換えて一乗谷に昼過ぎに到着します。
今もまだ残暑が暑いですが、北陸でも暑く、汗だくになりました。
事前の下調べで駅近くの資料館でレンタサイクルができると分かっていたので、まず資料館に行きます。
資料館では、一乗谷跡からの出土品や復元模型などがあり、往時の一乗谷の姿がよく理解できました。また、『越前・朝倉氏関係年表』も買いました。
これは朝倉氏をメインに慶長五年までの越前の年表になっており、とても為になります。本能寺の変前後あたりはコピーしてたのですが、やはり製本状態のが欲しくなりました(笑)。

さて一乗谷跡ですが、駅から少し距離がありますので、乗用車か資料館のレンタサイクルがお勧めです(自転車には数に限りがありますので注意を)。
下城戸と上城戸に挟まれた谷間にある一乗谷跡ですが、やはり小京都の名残というか、跡地になっても、どこか雅な風景でした。*デジカメの写真は後日載せたいと思います。
何もない風景とのことですが、実際、礎石しか残っていません。
姫路城や彦根城などと見比べれば、何もありませんが、逆に礎石の列の風景こそが跡地を強く思わせます。逆に、武家屋敷の町並みを復元したところは興味わかなかったですね。

戸の字があるため上下の城戸は、小規模・形式だけのものと思っていましたが、いやはや立派なものでした。
厚さも高さもある土塁と深さと幅のある堀に守られた立派な城門です。説明文によると、下城戸は幅約10m深さ約3mの堀、幅約15m高さ4.5mの土塁で構成されてます(食い違いの虎口)。
さらに一乗谷の周囲の峰にはいくつかの城があり、一乗谷の防御ネットワークが構築されています。朝倉義景の駄目っぷりが強く印象にあるため、一乗谷もどこかマイナスイメージがありましたが、やはりそこは朝倉氏も戦国大名、一乗谷も戦国大名の居城でした。

一乗谷を巡ったあとは、福井に戻り、福井城址や柴田神社を見て、宿に向かいました。

テーマ: 物書きのひとりごと
ジャンル: 小説・文学

2011.09.15 Thu 23:02
カテゴリ: 城・古戦場
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