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題名『新作誕生までの道』、あるいは『作者に愛の手を』 

さて、今作『霧の戦場』についてです。

今作は今までとはすこーーーーーし違います。
例えるなら、シミュレーションゲームとアクションゲームとでも言いましょうか。
まあ、大差ないですね、うん。

今作誕生までの道は長く険しいものでした(遠い目)。

前作終了後、従来路線のプロットをいくつか編集さんと話し合いますが、従来路線ではない新しい路線を模索することになります。編集さんとの何度もの電話会談の末、いろいろな大名同士の戦いをメインにすることになります。
とはいえ、まだこの時点では、私の頭の中はあくまでシミュレーションゲームの延長上でした。
例えば、島津vs謙信の戦いを描くとして、
謙信が小田原城攻めに成功し、さらに足利義輝が暗殺を逃れ、義輝=謙信路線で室町幕府が強化され、一方、九州では島津氏が台頭。島津氏討伐に謙信が向かい、そこで決戦!という感じです。これら政治状況はあくまで背景、さっと状況説明を流して、決戦がメイン。
しかし、戦国時代の有名どころといっても十年・二十年・三十年のスパンがあり、政治状況は我田引水でどうにかなっても(汗)、時間の差は大きく難しい問題でした。また、1つの戦いではなく複数の戦いを(且つ関連のある)、との編集さんの要望にも応えるには、この政治IFの延長路線はダメだと判断。
暗中模索が続く中(ここが辛かった)、ようやく今作の原型にたどりつきます。

そう、シミュレーションゲームではないアクションゲームの誕生です。
ちなみに編集さんからはアクションゲームには必殺技を、と要望される。

さてプロットは決まりましたが、ここからまだまだ作者の苦闘は続きます。
対戦の組み合わせなども決まり、ガチンコ勝負を描くのみ、と楽観視していたのが運の尽き。これまでとは勝手が違う話の取っ付き、流れに苦戦し、師走・年末・正月と過ぎ、締切が迫ってきます。
件の霧の設定やら、登場人物のアレヤコレヤ、そもそもの戦いの流れなど、目をつむれば思い出す思い出したくない日々…(涙目)。生きた心地ではなくまな板の鯉の心地を味わう日々。
本当なら年末も正月もまったりと過ごせるはずが…。
ヒーヒー言うこともできず、それでもなんとか締切直前に原稿をメール送信。そして初校・再校の嵐の赤字添削の末(これはいつも通り)、今作が生まれたのでした。

ここまで読んで、「…まあ、苦労したな」と思ってくださった方、是非、今作の購入を(笑)。
最近流行の言葉で締めくくるなら、

いつ買うか? 今でしょ!
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テーマ: 本の紹介
ジャンル: 小説・文学

2013.04.05 Fri 21:20
カテゴリ: 本・資料
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織田信長家臣人名辞典 

織田信長の家臣と言えば谷口克広氏ですが、今回、織田信長家臣人名辞典の第2版を出されました。

欲しい本なのですが、15年前の本(初版)なので新刊は望めず、かといって古書市場では2倍3倍の値段(2万円オーバー)のため、買うのに躊躇していました。
そのため小説で書くのに必要になれば、図書館で読んだり、該当箇所をコピーしたりしていました。

それが先日、と言いますか発売日当日(27日)に、歴史関係の雑誌の新刊案内に第2版の出版の記述を発見。
驚愕と歓喜で思わず叫びそうになりました(笑)。
場所が図書館だったので叫びはしませんでしたが、落ち着きがなくなって不審人物化したのは確かです(汗)。

そして昨日、垂涎の本をようやく買うことができました。
しかし、手にしても涎が落ちそうです。保存用が必要かも知れません・・・。

2010.10.29 Fri 23:39
カテゴリ: 本・資料
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屏風図三昧 

先日の記事で紹介した洛中洛外図屏風を見てきました。

ふむふむなるほどと頷き終わりです(笑)。
それだけでは味気ないので気付いた点は、
1:桐の家紋が目立つ。中でも渡り廊下にはべったりと並んでいた。
2:外側に面した櫓や壁は黒い。
3:方角は分からないが(西?)、城下町とが橋で結ばれていた。
といったぐらいです(汗)。

ただ他にも、合戦図屏風として『長篠の戦い』、『小牧・長久手の戦い』、『大坂の陣』や、醍醐の花見、聚楽第行幸図も見ることができました。
ただ保存のためなんでしょうが、暗い明かりのため武将名を読めなかったことは残念でした。
いつもはパッと見で終わる書状などもじっくり拝見したりしました。

あと聚楽第行幸図を見て感じたことがあります。
それはおごそかさというよりも祭り気分です。
老若男女(文字通り、子供から老人まで)が街道の両脇に敷物(座布団やゴザ?)を敷き、行列を待っているのですが、まるで出し物の行列を待つ風情です。
以前、名古屋で行われる三英傑祭りを見物しましたが、まさしく同じ光景です。
信長公記の馬揃えの記事(天正九年三月五日)に再度の馬揃えの記事があり、天皇をまじかに見ることができて貴賤群衆が喜んだ、とあります。
行幸という言葉のイメージとはちがい、諸大名や公家はともかく、庶民にとっては天皇を見ることができる祭り・パレードだったのでしょう。

テーマ: 物書きのひとりごと
ジャンル: 小説・文学

2010.10.21 Thu 21:41
カテゴリ: 本・資料
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洛中洛外図屏風 伏見城 

今日10月11日付の中日新聞の一面を見て驚愕。

伏見城が描かれた洛中洛外図屏風が、名古屋市博物館の調査で初めて確認されたとのこと。
八曲一隻の屏風の二面に天守と御殿があります。
東海地方の個人の方が所蔵していたそうですが、あるところにはあるんですねえ。

しかも木幡山伏見城時代のものらしいです。
木幡山伏見城は、最初の伏見城、指月山伏見城が地震で倒壊後に建設されました。
しかし関ヶ原の合戦における前哨戦の籠城戦で炎上、戦後に徳川家康が建て直したことで、わずか数年の間しか存在していません。しかも明治天皇陵になったことで現在は発掘調査もできず、文献資料から調べることしかできない状況でした。

名古屋市博物館で開催中の「変革のとき 桃山」展で十九日から初公開だそうです。
これは見に行かねば…。

テーマ: 物書きのひとりごと
ジャンル: 小説・文学

2010.10.11 Mon 07:20
カテゴリ: 本・資料
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丹波亀山城主前田玄以 

さて昨日の記事で気になっていたこととは、『いつ、前田玄以が丹波亀山城主になったのか?』です。
この記事で意味あり気に書いてる話です。

問題の史料は、梶井門跡応胤、この時点(文禄四年八月四日)では還俗して尊悟から大原御所(三千院)宛の書状で、
「~中略~、京中の儀ハ石田・右衛門尉両人奉行之由候、民法ハ公家・門跡・諸五山申次之様ニ申候、丹波国被仰付候とて、亀山城守治定候、金吾ハ小早川ニ被預候、十人扶持なとと申候、但風説のミにて候間、実説たるべからす候

前述の記事では、丹波国以前の部分までです。
中略部分には、秀次の妻子が処刑された様子が書かれています。
私が気になったのは、『丹波国被仰付候とて、亀山城守治定候、』で、玄以が丹波国をあたえられ亀山城主になった。と自分は解釈していましたが、なにぶん古文書を読む素養がないので(大汗)、上のように読んで良いのか、不安がありました。
そこで先日、質問してお答え頂いた次第です。この質問と回答の間に、治定(じじょう)を指摘されていたのですが、ふむふむと頷きながら内心?が浮かんでいましたが、あとで調べてみると、決定の意味でした。

ちなみに、書状主の送り主である梶井門跡とは比叡山延暦寺の門跡です。当日の「信長公記を読み解く」で初めて知りました。門跡とか公家とかの素養も…。

追記訂正2010.10.10
丹波城主じゃなく、丹波亀山城主でした(大汗)。
あと本文も少し添削しました。

テーマ: 物書きのひとりごと
ジャンル: 小説・文学

2010.10.03 Sun 23:56
カテゴリ: 本・資料
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